Technics初のメタル対応3ヘッド機
当時のテクニクス・カセットデッキのフラッグシップ!
○このデッキの特徴など
今回取り上げるのは、メタルテープの黎明期とも言える1979年に発売されたTechnicsのメタル対応最高級機「RS-M95」である。 以前に紹介した 「RS-M88」の上位機にあたるのだが、相当な高額機だった「M88」よりもさらに10万円近く高価格という、断トツのフラッグシップ機であった。 と言っても、本製品はテクニクスのカセットデッキ史上最高額だったという訳ではない。本製品の前、1976年頃にアンプ部とトランスポート部が別ユニットになったセパレート型の「RS-690U」という30万円近くもしたとんでもない機種があった(笑)ので、本製品はそれに次ぐナンバー2ということになる。 当時のTechnicsデッキは高さの低い「薄型」がウリだったが、本製品の場合は、フラッグシップらしく多彩な機能が詰め込まれている関係もあって、さすがに高さ10センチほどの薄型筐体では収まりきらなかったようで、高さは「M88」の約1.5倍の142oとなっている。 奥行きの方は「M88」より小さいものの、お値段相応のボリューム感のある大型デッキである。 ということで、本機の一番の特徴は「最高級機」ということになるので、もちろん機能や性能は充実しているわけだが、その中でまず特筆すべきなのは、テクニクス初のメタル対応の3ヘッド機であり、当時のテクニクスのカセットデッキ唯一の3ヘッド機ということになるだろう。 独立した録音及び再生用のヘッドは、構造が一体化されたコンビネーション型になっている。いずれも「新HPF(ホット・プレス・フェライト)ヘッド」というもので、これはテクニクスデッキで従来から使われていた「HPF」ヘッドをメタルテープに対応できるように改良したものである。 |
ヘッドブロック部分
中央がコンビネーションヘッドで左にあるのが消去ヘッド。
消去ヘッドはセンダストとフェライトの複合型でダブルギャップ。
消去ヘッドの手前にある棒はキャプスタンではなくダミー。
(本機はシングルキャプスタン方式である。)
2つめとしては、ダイレクトドライブ(DD)方式を採用しているということである。 テープ駆動部の機構は「M88」とほぼ同様で、モーターはFG(周波数発電機)で回転数を検知し、クォーツロックをかけたサーボ回路でドライブされている。 また、定速時のキャプスタンに影響を与えないよう、リール駆動用には専用のコアレスモーターを使う2モーターシステムとなっている。 3つめは、本製品は3ヘッドながらシングルキャプスタン方式を採用しているという点だ。 3ヘッド機の場合、各ヘッドのテープタッチを均一にするため、ダブルキャプスタン方式を採用するのが一般的だが、本製品はマイコンによりテープのバックテンションのコントロールを行い、ヘッドタッチが一定になるようにしている。 ダイレクトドライブでダブルキャプスタン方式にするためには、サプライ側のキャプスタンをベルトドライブで回転させることになるが(ナカミチの「ドラゴン」のように両方ともダイレクトドライブにすれば別だが。)、その代わりにこのような方式を採ったのではないかと思われる。 それでは、パネル面の説明を兼ねながら本製品の紹介をしていこう。 パネルを正面から見た印象は、高さ5センチくらいのアンプ系ユニットの上に「M88」を乗せたような感じに見える。 |
下の写真は「RS-M88」
そのパネル上側2/3の部分は、左から電源ボタン、イジェクトボタン、ヘッドホンジャック、その右がテープのトランスポート部分になっており、「M88」とほぼ同じレイアウトである。 |
パネル面左上部分(この部分は「M88」とほぼ同じ)
その右の上側には、テープカウンターとレベルメーター、下側には操作ボタンがありこちらもレイアウト的には「M88」と似ているが、本製品のカウンターはデジタル式になっている。レベルメーターの方はFLディスプレイ式というところは同じだが、セグメントの数が圧倒的に多くなっており、この辺はさすがに「M88」の上級機だと思わせる。 |
レベルメーター(FL=蛍光表示管式)
(-40〜+8dBのワイドレンジタイプ。ピークレベルとVUの選択が可能。)
操作ボタンは「M88」と同じソフトタッチ式の押しボタンで、その右には同じ様にデザインされた押しボタン式のテープセレクターやモニター切換のスイッチが並んでいる。全部で12の押しボタンが並んでいるのはなかなか壮観である。 さらには、カウンターメモリーやメーターの切換スイッチなども全てソフトタッチの押しボタン式という拘りようで、「M88」で使われているようなレバースイッチは使われていない。 このブロックで唯一押しボタン式でないのは、録音レベル調整用のボリュームだけである。 |
パネル面の右上の部分
(右端にある丸いノブが録音レベル調整用ボリューム)
一方、下側にあるアンプ系ユニットに相当する部分は、逆に押しボタンは一つもなく、全て回転式のスイッチかボリュームである。 また、この部分は製品に付属のガラスのカバーで覆うことができるようになっている。 ガラスカバーは両端を化粧ビスで留めるようになっており着脱はできるのだが、この部分にはバイアス調整やキャリブレーションのボリューム、ドルビーのON、OFFスイッチなど、デッキ使用時、特に録音時にはほぼ間違いなくアクセスが必要になるものが配置されており、その都度ネジを回して着脱するのは結構面倒である。ガラスを壊さないように扱うのにも気を遣うので、結局カバーは外しっ放しにして別の場所にしまっておくということになってしまいそうである(笑)。 ここは、フラッグシップ機らしく、オイルダンプの効いたエレガントなドア式にすれば良かったのにと思う残念な点だ。しかも、ホコリ除けが必要とも思われない部分にわざわざ透明なガラスのフタという仕様も解せない・・・。 説明書によるとこのガラスカバーは、単なる付属品の「飾りふた」としか記載がなく、着脱方法など使い方も示されていない。デッキを使用しない時にふたをしておくためのものというイメージなのかもしれない(笑)。 |
パネル面下部
左から、マイクジャック(L,R)、rec cal(L,R)、バイアス微調整ツマミ(normal,Fe-Cr,CrO2,Metal)、タイマースイッチ、ドルビースイッチ、入力切換スイッチ、メーター輝度調整ツマミ、出力レベル調整ツマミ
この部分全体を覆う付属のガラスカバーは両端を化粧ビスで留めるようになっている。
(この個体は中古で、残念ながら入手時にガラスカバーは欠品だった。)
なお、本製品も「M88」と同様にトップカバーに印刷がされている。「M88」の場合は、ブロックダイヤグラムや周波数特性、日本語のスイッチ説明までが印刷されていたが、本製品はブロックダイヤグラムだけとなっている。 |
トップカバーの半分以上が放熱用スリットのスペースになっているため、印刷されているのはブロックダイヤグラムだけとなっている。
また、本製品のリア部は「M88」のような独自の水平式ではなく、普通のリアパネルになっている。 |
リアパネル
入出力はそれぞれ1系統のみで、高級機の割にはあっさりとしている。
中央の丸い部分はリモコン用のコネクター端子
かなり大柄で、高級機らしい存在感と貫禄のあるデッキである。 ちなみに重さも約12sと、重量級である。 |
本製品の電源スイッチは「M88」と同様、パネルの左端の中央部、イジェクトボタンの下にある。 電源投入で、FLメーターやカセットリッド内の照明とカウンターの数字が点灯する。 また、カウンターとメーターの間にある「Quartz strobo」と表示されている緑色の小さな光も点滅を始める。 取扱説明書の説明によるとこれは「クォーツロックのシンボルマークで、水晶でコントロールされており、約1秒間隔で点滅します。録音ミューティングのとき、タイミングを計るのに便利です。」となっている。 「約1秒間隔」となっているように、正確に1秒というわけではない。 |
・・・微妙に1秒より長い・・・。これでタイミングを計っているとずっこけそうになる(笑)。 あくまで目安用ではあるのだが、なぜに中途半端なのだろうか?? イジェクトボタンを押すと、カセットリッドがパネル面と平行に静かにせり出し、最後にガクッとカセットを入れやすい角度に傾く。「M88」などのテクニクスデッキ共通の仕様だが、これはカセットが入れやすくなかなかよい。 カセットを入れ、リッドを押し込む。 続いて録音の準備に入る。 使用テープの種類に合わせて「tape select」のプッシュボタンを押す。 本製品はTypeTからWまで、全てのタイプが使える。Metal(メタル=TypeW)とFe-Cr(フェリクロム=TypeV)の両方が使えるというのはこの時代のデッキならではである。 |
テープセレクター
(フェリクロムも使える。ハイポジは「CrO2」(=クロムポジション)になっている。)
次に、キャリブレーションを行う。 その前に、ドルビースイッチを「OFF」にしておく。 ドルビースイッチはパネル下部の中央付近にあり、回転レバー式である。 ちなみに、ドルビーを「ON」にすると、FLメーターの右端に「DOLBY NR」の表示がされるだけではなく、+4dB付近にドルビーマークが現れる。他のデッキでは、ドルビーマークは「ON」「OFF」に関係なく表示されるのが一般的なので、この仕様はおもしろい。 |
ドルビースイッチ(この時代はBタイプのみである。)
(スイッチの一番右はMPXフィルターでFM録音の際に使う。)
ドルビーOFFの状態
(DOLBY表示なし)
ドルビーONの状態
(左右のスケール部分にDOLBYマークが現れる)
このデッキではバイアスとテープ感度のキャリブレーションが可能である。 手順としては、まず、入力切換スイッチを「400Hz」の位置にする。 |
「input select」(入力切換)スイッチ
操作ボタンの「rec」(録音)と「pause」(一時停止)を同時に押し、また、モニタースイッチを押してソースモニターの状態にする。(赤色のLEDが点灯する状態) |
モニタースイッチ
(左の緑のLED点灯状態がテープモニターで右の赤がソースモニターの状態)
すると、FLメーターに400Hzの基準信号のレベルが表示されるので、左右とも0dBになるように録音レベルボリュームで調整する。 再生ボタンを押してテープをスタートさせ、モニタースイッチを押してテープモニターの状態にする。(LEDが緑色に変わる。) この状態でレベルメーターの表示が左右とも0dBになるように「rec cal」のトリマーをドライバーなどで回して調整する。 |
「rec cal」のトリマー
次に、入力切換スイッチを「400Hz/8kHz」に切り換え、モニタースイッチをソースモニターの状態にする。 メーターのLch(上側)には400Hzのレベルが、Rch(下側)には8kHzのレベルが表示されるので、上下が同じレベルになるよう、録音ボリュームで調整する。 モニタースイッチを再びテープモニターの状態にし、上下のレベルが同じになるように使用しているテープの種類の「Bias adjust」(バイアス微調整)ツマミを回して調整する。 |
「bias adjust」
(テープのタイプごとに独立した調整ができる)
入力切換を400Hzにし、左右の録音レベルが同じになっているかをテープモニターで再確認する。 テープを止め、入力切換スイッチを「line」に戻す。 以上でキャリブレーションは終了である。 書き出すと長いが、3ヘッド機で行うバイアスや感度調整としては一般的な作業内容である。 レベルを0dBで調整しているように見えるが、調整しやすいように表示を0dBにしているだけで、実際は-20dBの信号を使っているとのことである。 ということで、キャリブレーションが終わったところでテープを巻戻し、実際の録音に移ろう。 録音スタンバイの状態にするためには操作ボタンの「rec」を押すだけである。 この状態でモニタースイッチをソースモニターの状態にすれば入力レベルの調節ができる。 メーターはVU又はピークレベルの表示に切り替えが可能で、ピークレベル表示の場合はメーターの右側に「PEAK」と表示される。 |
レベルメーター右側の表示
(メーターの右にあるボタンで「VU」と「PEAK」の切換やピークホールド表示ができる。)
このメーターは、明るさも若干調整が可能になっている。 調整が終わったら「play」ボタンを押せば録音がスタートする。ボタンを押した瞬間に内部のソレノイドが作動するカチッという音がしてテープが動き始める。動作は俊敏である。 本製品のテープカウンターはデジタル式である。 デジタルカウンターは80年代以降は当たり前になったが、テクニクスのカセットデッキとして初めて搭載したのがこの製品だったと思う。 このカウンターは、リール台から検出された回転パルスをマイコンで処理し、3桁のデジタル表示をしているのだが、ちょっと変わっていて、サブカウンターとして数字の右側に4段のバーグラフ表示が付いている。 このバーグラフは、一番上の段が消える瞬間に数字の方が1つ増えるようになっている。つまり、カウンターの1目盛り分の1/4がバーグラフ1段分ということになる。こんなことをせずに、カウンターを4桁にした方が使い勝手が良いように思うのだが・・・。 |
カウンターはテイクアップ側(巻取り側)のリールの回転を検知しているようで、テープの終端近くなると異様に遅くなる(笑)。 このバーグラフが表示されるのは録音または再生時のみで、早送りや巻戻し、停止時は消えている。 また、カウンターの右にある例のグリーンの点滅はカウンターと同期しているわけではなく、淡々と点滅を繰り返しているので、これらが並んでいると何だかちぐはぐな感じである(笑)。 テクニクスの最高級機にしてはどうも謎な部分ではあるが、当時は「デジタル」というだけでも先進的なイメージを持たれた時代。こういったデジタルっぽい電子的なギミックが商品アピールとして必要だったのだろう。 なお、表示は若干謎なものの、このカウンターは電子式の2メモリーシステムを備えており、曲の最初と終わりをメモリーしておくと、巻戻しや再生の自動停止をさせることができる機能を持っている。 |
カウンターとメモリーボタン
(「memory1」の「reset/clear」を押すとカウンターは「000」になり、もう一度押すと「M1」表示が点灯する。「stop/play」を押すと「MP」が点灯し、「000」の位置でのオートストップやメモリープレイができる。「memory2」は任意のカウンター位置で設定でき、「set/call」を押すと「M2」が点灯する。「000」と「M2」の間で巻き戻しボタンを押すと「000」まで巻き戻しされ、自動的に再生を始め、「M2」の位置で自動停止する。)
メモリー間でのオートリピート再生まではできないのだが、当時としては先進的な機能であった。 |
○音質
良い音である。 音の傾向としては、「重厚」という感じではなく、味付けがなく素直ですっきりとした感じなので、人によってはもの足りないと思うかもしれない。 3ヘッドの威力かもしれないが、「M88」に較べると雑味が取れ、よりピュアになったようなイメージである。 テクニクスのアンプのコマーシャルで「アンプは音を増幅する電線であるべき」といったようなフレーズがあったと思うが、このデッキの音もその傾向で「クリアにプリントコピーする」ことを目指したのかもしれない。 さすがに、高級オープンリール機と肩を並べる価格の「Technics」の大看板を背負った最高級機だけのことはある。 なお、このデッキ、実は中古品で入手した時点では音が今ひとつだった。 内部を見てみたところ、電解コンデンサーがことごとく液漏れしていたため、そのほとんどを交換した経緯がある。 コンデンサーの交換で見違えるような音になったが、オリジナル部品とは異なるため、製品本来の音とは違っているかもしれない。 |
デッキ内部
(電源部、信号部ともに電解コンデンサーをほぼ全数交換した。それにしても、電源トランス付近以外は基盤等がギッチリ詰め込まれている。)
○まとめ
このデッキが発売されたのは、国産のメタルテープが出揃い販売が本格化し始めた頃で、まだメタルテープが高価だった時代。 オープンリールテープを凌駕する性能の最先端のメタルテープを、このオープンデッキを凌駕する価格のテクニクス最高・最先端のカセットデッキで、オープンを凌駕する音質で楽しむ、というのは当時のオーナーの至福の時だったのではないかと想像する。 |
○機 能
・ | クォーツロックFGサーボDDモーター(キャプスタン駆動用)とコアレスモーター(リール駆動用)の2モーターシステム |
・ | マイクロコンピューターによるテンションコントロール |
・ | ICフルロジックコントロール&プランジャーオペレーション |
・ | 2色ワイドレンジFLディスプレイ・レベルメーター(VU/PEAK切換、輝度調節可) |
・ | マイクロコンピューターによる2メモリーデジタルカウンター |
・ | 新HPFヘッドによるコンビネーション3ヘッド方式 |
・ | メタルテープ対応 |
・ | テストオシレーター付キャリブレーションシステム |
・ | ±2電源ICL再生イコライザアンプなど、低ノイズ、低歪率録音再生アンプ採用 |
・ | ダブルドルビーシステム |
・ | タイマースタンバイ機構による留守録音、タイマー再生が可能 |
・ | リモートコントロール可能(別売リモートコントロールボックス RP-9690等使用) |
・ | マイク入力 |
(手前は、別売のリモコンユニット「RP-9690」。
これだけでもカセットプレーヤーくらいの大きさがある(笑)。)
○スペック
・ | ヘッド:録再コンビネーションヘッド(ホットプレス・フェライトヘッド)×1、消去(ダブルギャップ・センダストフェライト)×1 |
・ | モーター:クォーツロックFGサーボ付DDモーター×1、コアレスモーター×1 |
・ | 録音バイアス方式:交流バイアス方式、85kHz |
・ | SN比:60dB(XAテープ、ピークレベル) |
・ | 周波数特性:メタル20〜20,000Hz、CrO2(XA)20〜20,000Hz、ノーマル20〜18,000Hz |
・ | ワウフラッター:0.03%(WRMS) |
・ | 入力:マイク 0.25mV(400〜10kΩ)、ライン 60mV(60kΩ) |
・ | 出力:ラインアウト 基準出力レベル 420mV(負荷インピーダンス 22kΩ以上)、ヘッドホン 8Ω(基準出力 80mV) |
・ | 使用トランジスタ:217石 |
・ | 使用IC:22石 |
・ | 使用ダイオード:93石 |
・ | 発光ダイオード:2石 |
・ | 使用整流器:12石 |
・ | 消費電力:43W |
・ | 寸法:450(W)×142(H)×348(D)mm |
・ | 重量:約12s |
・ | 価格:240,000円 |
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