決め手は独自の「SAヘッド」
メタルテープ対応第1号機
○このデッキの特徴
このコーナー初のビクターのカセットデッキである。 タイトルにもあるとおり、本製品は世界初のメタルテープ対応機として発売されたデッキである。 初のメタルテープである住友スリーエムの「METAFINE」とほぼ同時期に発売された。 実は、館長は久しく本製品の弟機である「KD-A5」がメタル対応1号機だと思っていたが、こちらの「A6」の方が若干早く発売されていたようである。 メタルテープは、酸化していない鉄(純鉄)を磁性体として使用しており、保磁力や残留磁束密度などのファクターが高く、従来のテープに較べて周波数特性やダイナミックレンジなどの録音特性が格段に向上された。 反面、クロムテープに較べてもさらに大きなバイアスが必要で、消去するためにも強力なエネルギーが必要となり、従来のメタル非対応のデッキではまともに録音することは勿論のこと、消去すらできない。 さらに、従来のヘッドでは、メタルに適した大きな磁力を発生させようとしても飽和してしまい、上手く録音できない。消去ヘッドも同様で、多く使われていたフェライトヘッドではメタルテープを完全に消去するだけのエネルギーが得られない。 つまり、テープの能力がヘッドの能力に優ってしまったため、この問題を解決しないと、メタル対応デッキは事実上製品化できなかったのである。 ビクターの場合、従前から、パーマロイコアのヘッド表面にセンアロイを接合した「SAヘッド」というのを使っていた。 このヘッドは磁気飽和点が高いためメタルテープにも対応が可能だった。 ビクターがいち早くメタルテープに対応したカセットデッキを発売できたのは、このヘッドのおかげだったようである。 実際、他社がメタル対応機を発売したのは1979年に入ってからであった。 |
* 「SA」ヘッドの説明(当時のパンフレットから) *
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* 本製品のヘッド周り(中央で光っているのが録再SAヘッド) *
本製品は、単にメタル対応というだけではなく、2モーター構成、フルロジックコントロール、低域特性を改善した「X-cutSAヘッド」の使用、「Super ANRS」搭載、ワウフラ0.04%、ピッチコントロール機能など、2ヘッドではあるが高級仕様となっていた。 メーカーの力の入れようが感じられるデッキであり、発売当時としてはかなりコスパの高い製品であった。 しかし、直後に発売された同社の戦略機である「KD-A5」の圧倒的なコスパの高さ(メタル対応、2モーターフルロジック、ANRS搭載で¥59,800!)の影に隠れてしまった感がある。 |
* 当時の広告 *
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なお、「ANRS」というのは、ビクター独自のノイズリダクションシステムで、ほぼドルビーBタイプに相当するノイズ削減効果のあるものである。そして、「Super ANRS」はその改良版で、ドルビーCに相当する。 では、詳しく見ていくことにしよう。 まず、見た目の大きな特徴としては、カセットリッドの位置が本体の右側にあることである。 これは、本製品だけでなく当時のビクターデッキ共通の特徴であった。ちなみに、他社のデッキのほとんどのカセットリッドは向かって左側にある。 多数派である右利きの使い勝手を考えて、レベル調整やスイッチ類を右側に配置しようとすると、当然、リッドは左側に配置されることになる。 ビクターの場合はこれとは逆になるが、右利きの館長が使っても本製品が使いづらいということはない(笑)。 特に本製品では、最も微妙な操作が必要な録音ボリュームが中央に配置されているので、操作性には全く問題は無い。 ところで、そのボリュームだが、やたらと大きい。内側(L-ch用)で4pもあり、外側(R-ch用)はさらに一回り大きい。カセットデッキでは最大級ではないだろうか。 さらに、表面はヘアライン仕上げ、側面の手がかり部分は梨地仕上げ、エッジは光沢仕上げで、指示位置には切り込みが入っているなど、手の込んだ豪華な作りになっている。 この大型で豪華な金属ボリュームがパネルの中央にでーんと配置されているのは印象的である。 |
* 巨大な(笑)録音レベルボリューム *
ボリュームの左にはメーターがある。このメーターがまたユニークで、目盛りと数字がバックライトで浮かび上がるようになっている。しかも、0VU以上は赤、マイナスの部分は緑に光るようになっており、独特の雰囲気がある。 さらに、目盛りの下の-10、-5、±0、+3、+6の5箇所にLEDが仕込まれており、VUメーターでは追随できないピークレベルを表示するようになっている。 |
* レベルメーター *
針式のVUメーターとLED式のピークレベルインジケーターが一体化されているので直感的に分かりやすく、録音レベルを監視するには極めて使い勝手が良い。 メーターは、左右同じものが独立しているので、ピークレベルインジケーターも左右別にあることになる。当時のデッキはピークレベルインジケーターが左右兼用のものが多かったことを考えると豪華な仕様と言える。 右メーターの下には、各種スイッチが配置されている。 一番左のスイッチはLINEとマイクの入力切換である。この辺は1970年代のデッキらしいところで、マイク入力ジャックはこのスイッチの左側、左メーターの下にある。 また、このスイッチを一番下に下げると「REC MUTE」になる。全入力を遮断するので入力切替スイッチで兼用するのは合理的だと思うが、他社のデッキの「REC MUTE」は録音ボタンなどの操作系スイッチの近辺に配置されていることが多いので特異な印象を受ける。 |
* 各種切替スイッチ *
入力切換の右は「ANRS」のスイッチである。 前述のとおり、「SUPER ANRS」「ANRS」「OFF」が切り替えられる。 その右にある2つのレバーはテープセレクターである。 2つのうちの左のレバーは3段切換で、「SF/NORMAL」「Fe-Cr」「HIGH BIAS」を切り替える。 「HIGH BIAS」の場合はさらに、右のレバーで「METAL」と「VX/CrO2」のいずれかを選ぶ。 「SF」、「VX」とは当時のビクターブランドカセットの商品名で、「SF」はLHタイプ、「VX」はハイポジ用のカセットである。 バイアスとイコライザの切換は独立型ではなく、同時に切り替わるタイプである。 その代わり、ということだろうか、スイッチの右に「REC EQ」の回転スイッチが付いている。 一見ボリュームのように見えるが、5段クリックの回転スイッチである。右へ回すほど高音が強調された録音になるようで、どのテープタイプでも機能する。 録音バイアスだけを微調整するデッキは多いが、録音イコライザだけをしかも手動で微調整するというのは珍しい。 |
* 録音イコライザ切替スイッチ *
さらに右へ目を移すとカセットリッドがある。 表面の透明なプラスチックカバーは2つの化粧ネジを取ると外すことができ、ヘッド周りのメンテナンスが容易にできる。 この透明カバーには「X-CUT SAヘッド」のエンブレムが誇らしげに付いている。 |
* カセットリッドと操作ボタン *
その下には操作ボタンが並んでいる。 フルロジックのソフトタッチで、横に細長いスイッチは押しやすく、軽快に動作するので操作性が良い。 操作ボタンの横にはピッチコントロールのつまみがある。 このクラスのデッキでこの機能が付いているのは珍しい。デッキの買い換え需要を意識して、旧デッキで録音したテープのピッチを調整できるようにしたのかも知れない。 |
* ピッチコントロールつまみ *
以上の個別の機能とは別に本製品の特徴として挙げられるのは、パネル面の凹凸が多いことだと思う。 メーターの周りは額縁のような出っ張りで囲まれている。 録音ボリュームの周りは丸く彫り込まれており、その部分に目盛りが印刷されている。 レバースイッチや録音イコライザ、出力ボリュームの周りも彫り込まれており、立体的な細工が施されている。 |
* パネル面は凹凸が多く立体的である *
カセットリッド周りは全体的に5oほど張り出しており、さらに操作ボタンの部分は斜め上を向くように傾斜させてある。 丸い押しボタン式の電源スイッチも、ボタンの周りを囲むように浮き出ている。 よく見ていくと手の込んだ作りであることが分かる。 正直なところ、発売当時にはデザインが良いという印象が薄かったデッキだが、今あらためてみると大変にカッコイイと思う。 初のメタル対応デッキということで、ビクターが気合いを入れて送り出した製品だと思う。 |
○操作性
先述したように、電源スイッチはパネルの右下にある。 大きめの丸い押しボタンで、押し込むとロックされ、内部でリレーが動作する音がする。 電源が入ると、メーターのバックライトとカセットリッド内の照明が点灯する。 イジェクトボタンを押してリッドの扉を開ける。 このイジェクトと、その上にあるカウンタ−リセット、そして右にあるメモリーのボタンは板状で形が似ており、うっかりすると間違って押してしまいそうである。 |
* カウンターリセット、イジェクト、メモリーの各ボタン *
(右下は電源ボタン)
カセットリッドは、一旦全体が手前にせり出した後、倒れるように開く。 |
* カセットドアを開けた状態 *
カセットを上から差し込みドアを閉めると、「カチャ」と音がしてロックされる。 続いて録音の準備に入る。 「INTPUT SELECT」「ANRS」「TAPE SELECT」のレバースイッチを状況に合わせて設定する。 「ANRS」のスイッチは「ON」にすると左右メーターの間にある「ANRS」の緑のインジケーターが点灯する。「SUPER」の位置にするとさらに「SUPER ANRS」のインジケーターも点灯する。 |
* 「SUPER ANRS」と「ANRS」のインジケーター *
「REC EQ」はテープの相性や特性、好みもあるので設定が難しいところである。 3ヘッドのデッキなら録音しながら効果を確かめられるのだが、2ヘッドでは試行錯誤を繰り返すしかない。取りあえずは「0」の位置にしておくのが無難だろう。 なお、メタルテープを使用する場合のみバイアスを若干変えることができる。 バイアスの切換はリアパネルにあり、中央値または±10%の3段階で切り替えが可能となっている。 |
* リアパネルにあるメタルポジション用バイアス変更スイッチ *
次に、レベル調整するため、録音スタンバイ状態にする。 具体的には、操作ボタンの「PAUSE」と「REC」を同時押しする。すると、内部でガチャと音がして、「REC」の赤いLED、「PLAY」と「PAUSE」の緑色のLEDが点灯し録音スタンバイ状態になる。 |
* 録音スタンバイ時のLED点灯状態 *
録音レベルはパネル中央にある「INPUT LEVEL」の大型ボリュームで調節する。 金属ツマミが大きく、目盛りも分かりやすいので操作性は大変良い。内側のL-ch用と外側のR-ch用の部分は一緒に動くので、バランスを調整する場合は、どちらかを抑えながら調整する必要がある。 録音スタンバイの状態から録音を開始するには「PLAY」ボタンだけを押す。 「PAUSE」のLEDが消え、テープが動き始める。 本製品の操作系にはソレノイドが使われている。 モータードライブに較べて操作時の音が「ガチャンガチャン」と大きいが、動作が俊敏で、何よりカチッとした動きをするので館長はソレノイドドライブの方が好きである(笑)。 録音を終了するには「STOP」と表示されているボタンを押す。 「STOP」ボタンだけが特に大きいとか色分けになっている訳ではなく、他のボタンと同じように並んでいるので、慣れないとちょっととまどう。まあ、使い慣れれば全く問題は無いと思うが。 全般的に見て、本製品の操作性は大変良い。 メーターの針の動きとピークレベルインジケーターの点滅は見ていて飽きないし、ボタン操作に応じてきびきびと動いてくれるので、使うことが楽しくなるデッキである。 |
○音質
きれいな音を出すデッキである。 40年近く経つデッキなので、電子回路など劣化していると思うのだが、デッキの要であるヘッドがあまり摩耗していないということがあるのだろう。当時に近い音を出しているように思う。 音の性質としては、やや濃い目だが全般的に明るい傾向である。ワウフラが0.04%というのも効いているようで(この数字をこの機械が保っているかどうかは不明だが)、安定感のある音を聴かせてくれる。 意外だが、メタルテープと高級ハイポジとの音の差はあまりない。 90年代のハイポジカセットのクオリティがメタル並に上がったこともあるかもしれないが、もともとメタルのために特別な音づくりをしたということはないようだ。 とは言え、聞き込んでいくと、やはりメタルの方がエネルギー感があり、音の表現力が上がるのは確かである。 それにしても、40年前の2ヘッドデッキがこれだけの音を出すのは驚異である。 |
○まとめ
メタルテープの登場によりカセットデッキの音は新時代を迎えた。 本製品は、その幕を開ける第1号機であり、機会を捉えた「音のビクター」が勝負に出たカセットデッキだったようだ。 直後に発売されたKD-A5のあまりのハイCPの影に隠れてしまった感はあるが、本製品も当時としては充分CPが高く完成度の高いデッキだと思う。 |
○機 能
・2モーター ・フルロジック・コントロール ・X-cutSA(センアロイ)録再ヘッド ・2ギャップSA(センアロイ)消去ヘッド ・パンタグラフ式ギアオイルダンプ機構付カセットドア ・メタルテープポジション付4段テープセレクター ・Super ANRS内蔵 ・ピッチコントロール機構 ・REC EQ機構 ・REC MUTE機構 ・メモリーストップ機構 ・タイマースタンバイ機構(REC/PLAY) ・L・R独立5点マルチ・ピーク・インジケーター内蔵VUメーター ・マイク入力 |
* リアパネル *
○スペック
・ヘッド:録再(X-cut SA)×1、消去(2ギャップSA)×1 ・モーター:FGサーボ付DCモーター×1、DCモーター×1 ・SN比:58dB(ANRS OFF,WTD,1kHz,3%THD,VXテープ)ANRS ONの場合=1kHzで5dB、5kHz以上で10dB向上 ・周波数特性:(-20VU録音)メタル15〜18,000Hz,25〜16,000Hz(±3dB)、(0VU録音)メタル25〜12,500Hz(±3dB) ・ワウフラッター:0.04%(WRMS) ・消費電力:22W ・寸法:450(W)×120(H)×316(D)mm ・重量:8.2s ・価格:84,800円 |
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